「差別と資本主義」は、トマ・ピケティさんをはじめとするフランスの論客たちが、現代社会における差別問題を資本主義との関連から多角的に論じた論文集です。
人種差別、キャンセルカルチャー、ジェンダー不平等など、現代社会の分断を生み出す構造的問題に切り込んだ一冊です。グローバル資本主義の構造と深く関わる差別の問題を理解し、その解決への道筋を探る重要な視座を提供しています。
本書の概要と構成
フランスの識者たちによる多角的分析
「差別と資本主義」は、フランスの経済学者トマ・ピケティさんを筆頭に、ロール・ミュラさん、セシル・アルデュイさん、リュディヴィーヌ・バンティニさんという4人の論客による論文集です。本書の特徴は、「差別」という問題を「資本主義」との関連において多角的に論じている点にあります。
本書は、もともとフランスのスイユ出版社から別々に刊行されていた小冊子を、日本向けにセレクションして1冊にまとめたものです。そのため、話題はフランスを中心としていますが、日本社会における差別問題とも十分に関連する内容となっています。
訳者序文では、今日の人種差別や諸々の差別の問題がどれほど真剣に議論されているか、またそれらの問題を解消するための具体的な政策はどれほど練られているかという問いが投げかけられています。そして、社会・経済的不平等を糾弾して平等を希求する人たちにも、この問いは向けられるべきだと指摘されています。
日本向けにセレクションされた4つの論文
本書は以下の4つの章から構成されています。
第一章「人種差別の測定と差別の解消」(トマ・ピケティ)
第二章「キャンセルカルチャー――誰が何をキャンセルするのか」(ロール・ミュラ)
第三章「ゼムールの言語」(セシル・アルデュイ)
第四章「資本の野蛮化」(リュディヴィーヌ・バンティニ)
各章は独立した論文ですが、底流には差別と不平等に関する共通の問題意識が横たわっています。その意味で本書はアンソロジーの形を成しています。
資本主義と差別の関係性を問う
本書の根底にある問いは、現代の資本主義社会において差別がどのように生み出され、維持されているのかというものです。著者たちは、人種やジェンダーをめぐる差別・不平等が、グローバル資本主義の構造と深くかかわって、全世界的な社会分断を生んでいると指摘します。
かつての奴隷制、強制労働や植民地主義を経て成立した国々の社会には、現在もその歴史と影響が残っています。米国での黒人への差別と同様に、フランスやイギリスをはじめとしたヨーロッパの国々でも、主に旧植民地の国々にルーツを持つ人々や移民への差別が残っています。奴隷貿易や植民地経営はグローバル経済としての営みであり、現代の社会分断も資本主義経済の進展の帰結と捉えることができます。
ピケティが語る人種差別の測定と解消
権利と機会の平等を出身問題と切り離せない現実
第一章でピケティさんは、平等に関する歴史を振り返りながら、これまでの平等に向けた運動には一つの限界があったと指摘します。それは、そうした運動が権利と機会の平等に関する理論的な原則を、人々の出身の問題と切り離して求めてきた点にあります。
ピケティさんによれば、権利や機会を人物の出身と切り離して均等に与えるには、「社会的平等を促進するところから始めなくてはならない」のです。多様な民族や人種、国家に基づく出自に関連した不平等は、それぞれの事情に合わせた固有の反差別政策で埋め合わせなければなりません。
社会・経済的不平等と差別の強い結びつき
ピケティさんが特に注目するのは、民族・人種的差別のみならず、性差別やその他の社会的差別が世界中で歴然として存在し、そしてそれらの差別が社会・経済的不平等と強く結びついているという事実です。
例えば、ピケティさんはある実験に触れています。履歴書の名前がいかにもアラブ的、イスラム教徒的であると、それだけで面接に辿り着ける割合が著しく減ってしまうというものです。これはアメリカ合衆国でも同様の実験が行われており、白人、あるいはニュートラルなイメージの名前と比べ、いかにも黒人としてイメージされる名前では、同じ履歴書でも面接まで辿り着ける割合が全く違うという結果が出ています。
このような実験結果は、差別が単なる偏見や個人的な態度の問題ではなく、社会構造に深く根ざしたものであることを示しています。
具体的な反差別政策の必要性
ピケティさんは、平等のための闘いは差別との闘いを内包するものでなければならないし、またそれを可能とする具体的な手段が準備されねばならないと主張します。彼の言葉を借りれば、「いかなる国も、またいかなる社会も、人種差別やその他の差別と対決できるモデルを完全な形ではつくり出せていない」のです。
差別に対する闘争は、社会的、経済的な平等のために、より一般的な仕方でなされなくてはなりません。それは富やステータスの格差の縮小にもつながるものです。しかし、ピケティさんによれば、平等化を実現するための政策は実施されてこなかったのが現実です。
キャンセルカルチャーの功罪を問う
アメリカ発の「キャンセルカルチャー」とは何か
第二章では、ロール・ミュラさんが「キャンセルカルチャー」について論じています。キャンセルカルチャーとは、主にアメリカで発生した文化現象で、差別的言動や不適切な行為を行った人物や組織を社会的に排除(キャンセル)するという動きを指します。
ミュラさんは、キャンセルカルチャーの背景には、長年にわたる差別や抑圧の歴史があることを認めつつも、その行き過ぎた側面についても批判的に検討しています。特に、過去の言動を現代の価値観で裁くことの問題点や、対話よりも排除を優先する風潮について警鐘を鳴らしています。
歴史的人物の銅像撤去問題
キャンセルカルチャーの具体的な例として、ミュラさんは歴史的人物の銅像撤去問題を取り上げています。アメリカでは南北戦争時の南軍将軍や奴隷制度を支持した政治家の銅像が撤去され、フランスでも植民地支配に関わった人物の銅像が標的となっています。
ミュラさんは、歴史的人物を現代の価値観だけで評価することの難しさを指摘しつつ、過去の不正義を認識し、それを乗り越えるための対話の重要性を強調しています。銅像の撤去が単なる過去の消去ではなく、より公正な社会を構築するための契機となるべきだと論じています。
「悪は廃棄抹消すれば済むのか」という問い
ミュラさんが投げかける重要な問いは、「悪は廃棄抹消すれば済むのか」というものです。キャンセルカルチャーの根底には、差別的言動や不正義を行った者を社会から排除すれば問題が解決するという考え方がありますが、ミュラさんはそれだけでは不十分だと指摘します。
むしろ、差別や不平等の構造的な原因に目を向け、それを変革していくための対話と行動が必要だというのがミュラさんの主張です。キャンセルするという行為自体が持つ権力性や、それが新たな分断を生み出す可能性についても警戒を促しています。
ゼムールの言語分析から見る極右ポピュリズム
2022年フランス大統領選に立候補した極右政治家
第三章では、セシル・アルデュイさんが、2022年のフランス大統領選に立候補した極右政治家エリック・ゼムールの言語を分析しています。ゼムールはメディア人から政治家に転身し、移民排斥や伝統的価値観の復権を訴えて一定の支持を集めました。
アルデュイさんは、ゼムールの言説を詳細に分析することで、現代の極右ポピュリズムがどのように差別的言説を正当化し、支持を拡大しているかを明らかにしています。特に、「フランスの伝統」や「国民のアイデンティティ」といった概念が、実際には排外主義や差別を隠蔽するために使われている点を批判的に検討しています。
差別的言説が支持を拡大するメカニズム
アルデュイさんによれば、ゼムールのような極右政治家が支持を拡大できるのは、社会的・経済的な不安や不満を抱える人々の感情に訴えかけるからです。グローバル化や移民の増加によって自分たちの生活が脅かされていると感じる人々に対して、「外国人」や「移民」を敵として設定し、彼らを排除することで問題が解決するという単純な物語を提供します。
しかし、アルデュイさんは、このような物語が実際の社会経済的問題の解決にはつながらないばかりか、社会の分断をさらに深めることになると警告しています。差別的言説は、本質的な問題から目を逸らさせ、真の解決策を見えなくするのです。
政治言説分析の視点
アルデュイさんの分析は、政治言説を批判的に読み解くための重要な視点を提供しています。政治家の言葉は単なる意見の表明ではなく、社会的現実を構築する力を持っています。特に、差別や排除を正当化するような言説は、社会の分断を深め、弱者への抑圧を強化する危険性があります。
アルデュイさんは、このような言説に対抗するためには、その背後にある権力構造や利害関係を明らかにし、より包摂的で公正な社会のビジョンを提示することが重要だと主張しています。政治言説の分析は、単なる学術的な営みではなく、社会変革のための実践的な道具となりうるのです。
資本の野蛮化がもたらす社会の分断
新自由主義への発展がもたらした変化
第四章では、リュディヴィーヌ・バンティニさんが「資本の野蛮化」について論じています。バンティニさんによれば、資本主義が「新自由主義」へと発展した結果、ますます「資本」は、人々を豊かにするためのものではなくなり、完全に、一部の者の「際限のない貪欲」を肯定するものとなってしまいました。
新自由主義の台頭により、市場原理が社会のあらゆる領域に浸透し、公共サービスの民営化や規制緩和が進められました。その結果、富の集中が加速し、社会的格差が拡大しています。バンティニさんは、このような変化が社会の分断を深め、差別や排除の構造を強化していると指摘します。
「経済効率の追求」と「人道主義」の乖離
バンティニさんが特に注目するのは、「経済効率の追求」と「人道主義」の乖離です。新自由主義のもとでは、経済的効率性が最優先され、人間の尊厳や福祉は二の次とされがちです。「資本主義経済」は、「経済効率の追求とは、人道主義とは無関係だ」とする意識を、資本家たちの間に浸透させています。
本来であれば「物理的に豊かになれば、心も豊かになる」はずなのに、実際の「資本主義経済」体制においては、そうはならず、むしろ「経済」に深く関わる人間ほど「野蛮化」してしまうという逆説が生じているのです。
資本家たちの「野蛮化」という逆説
バンティニさんは、資本家たちの「野蛮化」という逆説的な現象を指摘します。物質的な豊かさを追求するはずの資本主義が、実際には人間性の喪失や社会的絆の破壊をもたらしているというのです。
特に、グローバル資本主義のもとでは、企業は利益最大化のために労働者の権利を侵害し、環境を破壊し、税金を回避するといった行動を正当化します。このような「野蛮化」した資本の論理は、社会の分断を深め、差別や排除の構造を強化する要因となっています。
バンティニさんは、ささやかな年金暮らしをしている人や労働組合員があたかも特権を享受しているかのようなプロパガンダが行われている状況を描きますが、実際に特権を享受しているのは特権階層です。ピケティさんが論じているように教育をはじめとする再分配政策は裕福な層により手厚く、そして貧しい層には薄くされています。
差別と闘うための具体的アプローチ
教育分野における不平等の実態
本書の著者たちは、差別と闘うための具体的なアプローチとして、まず教育分野における不平等の実態に目を向けることの重要性を指摘しています。特にピケティさんは、教育が社会的流動性を高め、不平等を是正する重要な手段であるにもかかわらず、現実には教育機会の不平等が存在し、それが社会的不平等を再生産していると論じています。
フランスでは、エリート校への入学や高等教育へのアクセスが、出身階層や民族的背景によって大きく左右されています。同様の状況は日本を含む多くの国でも見られます。教育における不平等は、将来の職業選択や所得にも大きな影響を与え、社会的不平等の連鎖を生み出しています。
社会的平等を促進するための政策
著者たちは、社会的平等を促進するための政策として、以下のような具体的な提案を行っています。
まず、教育機会の平等化です。すべての子どもが質の高い教育を受けられるよう、教育資源の公正な配分や、社会経済的に不利な立場にある子どもへの特別な支援が必要です。
次に、労働市場における差別の撤廃です。採用や昇進における差別を防ぐための法的枠組みの強化や、匿名履歴書の導入などが考えられます。
さらに、富の再分配政策の強化です。累進課税の強化や相続税の見直し、基本所得の導入などを通じて、富の集中を防ぎ、より公平な社会を実現することが提案されています。
特別手当(積極的格差是正措置)の限界
一方で、著者たちは特別手当(積極的格差是正措置)にも限界があることを指摘しています。アファーマティブアクション(積極的格差是正措置)とは、性別や人種等の理由で差別を受けている人たちに対する、格差是正のための取り組みです。具体的には、教育や就業などで優遇するなどといった方法が採られています。
日本では特に雇用における男女格差をなくすための優遇措置として取り入れられており、「積極的格差是正措置」と訳されています。差別という直訳は、日本国憲法第14条に違反するという意見があり、法の下の平等を重んじたことで、このような訳語が採用されています。
しかし、このような措置は短期的には効果があるものの、社会構造の根本的な変革がなければ、差別の解消には限界があります。アメリカでは、アファーマティブアクションが「逆差別」を生み出しているという批判もあります。クオータ制(割り当て制)の導入により、マイノリティである黒人や女性に比べ、多数派である白人や男性が進学しにくくなったり、就職しにくくなったりするという問題も起こっています。
著者たちは、特別手当だけでなく、社会全体の構造的変革が必要だと主張しています。差別に対する闘争は、社会的、経済的な平等のために、より一般的な仕方でなされなくてはならないのです。それは富やステータスの格差の縮小にもつながるものですが、残念ながら平等化を実現するための政策は十分に実施されてこなかったというのが現実です。
感想・レビュー
現代社会の分断を理解するための重要な視座
「差別と資本主義」を読み終えて、最も強く感じたのは、現代社会における分断の根深さと、それを解決するための道のりの険しさです。本書は、差別という現象を単なる個人の偏見や態度の問題としてではなく、資本主義という経済システムと密接に関連した構造的な問題として捉える視点を提供してくれます。
特にピケティさんの指摘する「権利と機会の平等を人々の出身の問題と切り離して求めてきた」という近代平等思想の限界は、非常に示唆に富んでいます。表面的な機会の平等だけでは、歴史的に積み重ねられてきた不平等を解消することはできません。出身や背景による不利益を具体的に埋め合わせる政策が必要なのです。
本書の魅力は、理論的な分析だけでなく、具体的な事例や政策提言を含んでいる点にあります。フランスの極右政治家ゼムールの言説分析や、キャンセルカルチャーをめぐる議論は、日本社会にも通じる問題を考えるための貴重な材料となります。
理論と実践をつなぐ具体性
本書のもう一つの強みは、抽象的な理論に終始せず、具体的な実践への道筋を示している点です。特に、教育や労働市場における差別の実態を詳細に分析し、それを解消するための具体的な政策を提案している部分は説得力があります。
バンティニさんが指摘する「資本の野蛮化」という概念も興味深いものでした。物質的な豊かさを追求するはずの資本主義が、実際には人間性の喪失や社会的絆の破壊をもたらしているという逆説は、現代社会を生きる私たちにとって重要な問いを投げかけています。経済効率の追求と人道主義の乖離をどのように埋めていくのか、それは私たち一人ひとりが考えるべき課題でしょう。
本書を読みながら、差別や不平等と闘うためには、個人の意識改革だけでなく、社会構造の変革が必要だということを強く実感しました。そして、その変革は一朝一夕に成し遂げられるものではなく、長期的な視点と具体的な政策の積み重ねが必要なのだと理解できました。
日本社会への示唆
本書はフランスを中心とした欧米社会の文脈で書かれていますが、その分析や提言は日本社会にも多くの示唆を与えてくれます。日本においても、ジェンダー格差や外国人労働者への差別など、さまざまな形の差別や不平等が存在しています。
特に日本では、アファーマティブアクションという言葉は主に女性労働者に対する改善措置を示す言葉として使われることが多いようです。企業における男女の雇用比率や職務内容、昇進、待遇などの格差の是正への取り組みを主に意味し、社内の多様性を確保するために、アファーマティブアクションを推進している企業も増えています。
しかし、本書が指摘するように、表面的な措置だけでは根本的な問題解決にはなりません。日本社会においても、差別や不平等の構造的な要因に目を向け、それを変革していくための長期的な取り組みが必要でしょう。
本書を通じて、差別と資本主義の関係性について深く考えさせられました。差別は単なる個人の偏見や態度の問題ではなく、社会経済システムと密接に関連した構造的な問題であるという視点は、これからの社会を考える上で非常に重要だと感じています。
まとめ
「差別と資本主義」は、現代社会における差別問題を資本主義との関連から多角的に論じた重要な一冊です。トマ・ピケティさんをはじめとするフランスの論客たちは、人種差別、キャンセルカルチャー、ジェンダー不平等など、現代社会の分断を生み出す構造的問題に鋭く切り込んでいます。
本書の核心は、差別が単なる個人の偏見や態度の問題ではなく、資本主義という経済システムと密接に関連した構造的な問題であるという視点にあります。そして、その解決のためには、表面的な機会の平等だけでなく、歴史的に積み重ねられてきた不平等を具体的に埋め合わせる政策が必要だと主張しています。
差別と闘うための具体的なアプローチとして、教育機会の平等化、労働市場における差別の撤廃、富の再分配政策の強化などが提案されていますが、同時に特別手当(積極的格差是正措置)の限界も指摘されています。真の平等を実現するためには、社会全体の構造的変革が必要なのです。



