日本人の働く意欲が世界最下位――。健康社会学者の河合薫さんが「働かないニッポン」で明らかにした衝撃的な事実です。
仕事に熱意を持つ社員はわずか5%、世界145カ国中最下位という現実。早々に「窓際族」を目指す若手エリートから、会社に寄生する50代まで、日本社会に潜む構造的問題を鋭く分析した一冊です。
なぜ日本人は働かなくなったのか。その背景にある「ジジイの壁」と「日本的マゾヒズム」の正体とは。
「働かないニッポン」の実態
日本では今、働く意欲を失った人々が増え続けています。独立行政法人労働政策研究・研修機構の「若者のワークスタイル調査」によると、「できれば仕事をしたくない」と答えた25~34歳の割合は2001年から2020年の間に著しく増加しました。さらに驚くべきことに、正社員と非正社員の比較分析では、賃金が高い正社員ほどやる気がないという結果も出ています。
河合薫さんは本書で、日本人の働く意欲の低下について「仕事に熱意のある社員は5%しかおらず、世界145カ国中最下位」と指摘しています。この数字は衝撃的です。なぜ日本人はここまで働く意欲を失ってしまったのでしょうか。
若者の働く意欲低下
若い世代の調査によると、働きたくない人が10年前に比べて確実に増えています。特に注目すべきは、年収700万円以上を稼ぐエリート層でさえ、早々に「窓際族」を目指す傾向があることです。本来なら成功の切符を手にしている希少な超エリート集団が、なぜやる気を失ってしまうのでしょうか。
河合さんは、その理由の一つとして「組織社会化過程の欠損」を挙げています。新入社員が組織の文化や仕事の仕方を理解し、組織の一員として定着するプロセスが適切に機能していないのです。若者が自分自身を試す機会や成功経験を得ることができず、他者からの承認も得られない状況が、働く意欲の低下につながっています。
仕事への熱意が世界145カ国中最下位
日本人の仕事への熱意が世界最下位という事実は、単なる偶然ではありません。河合さんは、日本の労働文化や働き方の構造に関わる要素が、この問題の背後にあると指摘しています。長時間労働や過度な仕事量、上下関係の強さなどが、働く意欲を削ぐ原因となっているのです。
多くの日本の労働者は「働かされている」と感じることで、自分のモチベーションを下げています。経営層が社員に受け身になるような働き方をさせることで、やる気をなくした人々は社会から距離を置き、モラトリアム化しているのです。
早々に「窓際族」を目指す若手エリートたち
本書では、やる気をなくし早々に「窓際族」を目指す30代エリート、世帯収入3000万円じゃないと就職する意味がないと嘯く女子大生、「普通に暮らせればいいです」が口癖のZ世代会社員など、様々なケースが紹介されています。
これらの若者たちは、社会構造を「頑張り損」と捉え、「無難」に埋没したがる傾向があります。自分の「身分偏差値」に敏感になるあまり、群衆の中に消えようとします。彼らは社会からの期待や圧力を感じつつも、その期待に応えることで得られるものが少ないと感じているのです。
日本人が働かなくなった3つの層
河合さんは、「働かないニッポン」を構成する三層として、自己保身に走る「ジジイ」層、承認欲求が満たされない「働かないおじさん」層、社会構造に嫌気がさした「無気力な若者」層を挙げています。それぞれの層が、承認欲求に飢え、自己効力感を失っている状態が、日本の現状だといいます。
自己保身に走る「ジジイ」層
本書における「ジジイ」とは、組織内で権力を持ち、その権力を組織のためでなく自分のために使う人たちの総称です。年齢や性別に関わらず、その精神性や言動によって区分されます。
彼らは組織の中で権力を握り、その権力を私物化します。変えるべきところを変えず、花火だけを打ち上げ続けた末路が、現在の「働かないニッポン」の状況を作り出しています。彼らは自己保身に走り、組織や社会の発展よりも自分の地位や利益を優先します。
承認欲求が満たされない「働かないおじさん」
「働かないおじさん」は、承認欲求が満たされないまま、組織の中で存在感を失っていく中年層です。彼らは若い頃は熱心に働いていたかもしれませんが、年を重ねるにつれて、自分の仕事の意義や価値を見失っていきます。
河合さんは、この「働かないおじさん」という存在をつくった張本人は、大企業で社内競争に勝ち残った「スーパー昭和おじさん」ではないかと指摘しています。彼らが作り出した「ジジイの壁」が、中高年にとっての「働き損社会」の影になっているのです。
社会構造に嫌気がさした「無気力な若者」
社会構造に嫌気がさした「無気力な若者」たちは、日本社会の歪みを敏感に感じ取り、その中で自分の居場所を見つけることに苦労しています。彼らは「頑張り損」と感じる社会構造の中で、自分の能力や可能性を発揮する機会を見出せずにいます。
「普通に暮らせればいいです」という言葉の裏には、高い目標を持つことへの恐れや、失敗することへの不安が隠されています。彼らは社会からの期待や圧力を感じつつも、その期待に応えることで得られるものが少ないと感じているのです。
意欲を奪う日本の構造的問題
日本人の働く意欲を奪っている構造的問題は、単に個人の問題ではなく、社会全体の問題です。河合さんは、その背景にある要因として、「頑張り損」と感じる若者たち、「普通志向」と埋没願望、階層主義がもたらす弊害などを挙げています。
「頑張り損」と感じる若者たち
若者たちが「頑張り損」と感じる背景には、努力と報酬のバランスの崩れがあります。彼らは、一生懸命働いても、それに見合った報酬や評価が得られないと感じています。その結果、「どうせ頑張っても報われない」という諦めの気持ちが生まれ、働く意欲を失っていくのです。
本来、「仕事=work」は「私」という存在の表現であり、生きる力の源です。私たちは仕事を通じて自己実現し、自己肯定感を得ることができます。しかし、日本社会は、この本来の意味をなくしています。日本の社会構造には、「自分が存在する意味=自分への自信・自分の仕事への誇り」を持つことが難しい状況が存在しているのです。
「普通志向」と埋没願望
日本社会には「普通」を志向する傾向が強く見られます。「普通に暮らせればいい」「普通の幸せが欲しい」という言葉の裏には、目立つことへの恐れや、失敗することへの不安が隠されています。
この「普通志向」は、個性や創造性を抑制し、埋没願望を生み出します。自分の「身分偏差値」に敏感になるあまり、群衆の中に消えようとする若者たちは、自分の可能性を制限し、働く意欲を失っていくのです。
階層主義がもたらす弊害
日本社会に根付く階層主義は、働く意欲を奪う大きな要因の一つです。上下関係が強く、上からの命令に従うことが求められる環境では、自分の意見や創造性を発揮する機会が限られます。その結果、自己効力感が低下し、働く意欲を失っていくのです。
河合さんは、日本の社会構造には、世界に類を見ない強固な階層主義があると指摘します。上からの命令で無理難題を押し付けられても、次第に理不尽が理不尽でなくなってしまい、逆にそれを望んでしまうような心理状態=「日本的マゾヒズム」が生まれるのです。
「ジジイの壁」という日本特有の問題
「ジジイの壁」は、日本社会に特有の問題です。河合さんは、この壁が日本人の働く意欲を奪っていると指摘します。
スーパー昭和おじさんが作り出した構造
「ジジイの壁」を作り出したのは、大企業で社内競争に勝ち残った「スーパー昭和おじさん」たちです。彼らは組織内で権力を握り、その権力を私物化します。変えるべきところを変えず、花火だけを打ち上げ続けた結果、現在の「働かないニッポン」の状況を作り出しています。
階層最上階のスーパー昭和おじさん・おばさんがやるべきことをやらず、変えるべきところを変えず、花火だけを打ち上げ続けた末路が、現在の「働かないニッポン」なのです。
権力の私物化がもたらす組織の停滞
「ジジイ」たちによる権力の私物化は、組織の停滞をもたらします。彼らは自己保身に走り、組織や社会の発展よりも自分の地位や利益を優先します。その結果、新しいアイデアや変革が抑制され、組織全体の活力が失われていくのです。
本当の生きづらさの原因は、社会構造に責任を負うべき階層最上階の人たちの一部にあるのに、自己責任論ばかりが蔓延っています。おかげで弱い立場にいる人ほど「自分が悪いんじゃないか」「自分の頑張りが足りないんじゃないか」と感じてしまう社会になってしまいました。いつだって社会の歪みはまっさきに立場の弱い人に向かうのです。
中高年にとっての「働き損社会」
「ジジイの壁」は、中高年にとっての「働き損社会」を作り出しています。彼らは若い頃は熱心に働いていたかもしれませんが、年を重ねるにつれて、自分の仕事の意義や価値を見失っていきます。「今まで頑張ってきたから」を言い訳に会社に寄生する50代や、人生諦めたまま老いていく中年氷河期世代など、様々なケースが見られます。
中高年にとっての「働き損社会」は、彼らの働く意欲を奪い、組織全体の活力を低下させる要因となっています。
日本的マゾヒズムの正体
河合さんは、日本社会に根付く「日本的マゾヒズム」が、働く意欲を奪う大きな要因の一つだと指摘します。
理不尽を受け入れる心理構造
日本的マゾヒズムとは、上からの命令で無理難題を押し付けられても、次第に理不尽が理不尽でなくなってしまい、逆にそれを望んでしまうような心理状態です。この心理構造は、日本社会に深く根付いており、働く人々の意欲を奪っています。
理不尽を受け入れる心理構造は、自己効力感の低下をもたらします。自分の意見や創造性を発揮する機会が限られる環境では、自分の能力や可能性を信じることが難しくなります。その結果、働く意欲を失っていくのです。
階層主義と無理難題の押し付け
日本社会に根付く階層主義は、無理難題の押し付けを生み出す土壌となっています。上下関係が強く、上からの命令に従うことが求められる環境では、理不尽な要求でも受け入れざるを得ない状況が生まれます。
この階層主義と無理難題の押し付けは、働く人々の自己効力感を低下させ、働く意欲を奪っていきます。河合さんは、この問題を解決するためには、階層主義の見直しと、個人の自己効力感を高める取り組みが必要だと指摘します。
自己効力感の喪失メカニズム
自己効力感の喪失は、働く意欲の低下につながる重要な要因です。自己効力感とは、自分の能力や可能性を信じる感覚のことで、この感覚が低下すると、新しいことに挑戦する意欲や、困難に立ち向かう勇気が失われていきます。
日本社会では、階層主義や無理難題の押し付けによって、自己効力感が低下しやすい環境が作られています。この自己効力感の喪失メカニズムを理解し、対策を講じることが、「働かないニッポン」の問題を解決する鍵となるでしょう。
SOC(首尾一貫感覚)という希望
河合さんは、「働かないニッポン」の問題を解決するための鍵として、SOC(Sense of Coherence=首尾一貫感覚)という概念を提案しています。
生きる力=幸せになる力
SOCは、生きる力=幸せになる力と言い換えることができます。この感覚が高い人は、困難な状況でも前向きに対処し、自分の人生に意味を見出すことができます。河合さんは、SOCを高めることで、働く意欲を取り戻し、幸せに働くことができると指摘します。
SOCは個人だけでなく集団にもあり、それを高めることで相互に向上を促進することができます。働く環境や組織文化を改善することで、集団のSOCを高め、働く人々の意欲を引き出すことが可能です。
「把握可能感」「処理可能感」「有意味感」の重要性
SOCは、「把握可能感」「処理可能感」「有意味感」という三つの感覚で構成されます。把握可能感とは、自分の置かれている状況を理解できる感覚。処理可能感とは、その状況に対処できる感覚。有意味感とは、その状況や対処に意味を見出せる感覚です。
これらの三つの感覚をバランスよく高めることで、SOCが向上し、働く意欲を取り戻すことができます。特に有意味感は、働く意欲を高める上で重要な要素です。
集団のSOCを高める方法
集団のSOCを高めるためには、組織文化や働く環境の改善が必要です。具体的には、情報共有の促進、自律性の尊重、意思決定への参加、成長の機会の提供などが挙げられます。
また、「半径3メートル世界」からの変革も重要です。自分の周りの環境から少しずつ変えていくことで、大きな変革につながる可能性があります。河合さんは、自分の周りの小さな世界から変えていくことの重要性を強調しています。
集団のSOCを高めることで、働く人々の意欲を引き出し、「働かないニッポン」の問題を解決する糸口が見えてくるでしょう。
脱「働かないニッポン」への処方箋
河合さんは、「働かないニッポン」の問題を解決するための具体的な処方箋として、有意味感を強くするための6カ条を提案しています。
有意味感を強くするための6カ条
有意味感を強くするための6カ条は、「普通を疑う」「仕事はカネのためだと考えない」「仕事にやりがいを求めない」「年齢を言い訳にしない」「信頼されようと思わない」「愛をケチらない」の6つです。
これらの6カ条は、一見すると矛盾しているように思えるかもしれませんが、河合さんの意図は明確です。「仕事にやりがいを求めない」というのは、やりがいを求めるな、という意味ではなく、やりがいを求めすぎるあまり、現実とのギャップに苦しむことを避けるという意味です。同様に、「仕事はカネのためだと考えない」というのは、仕事の本質的な意味を見失わないようにするという意味です。
これらの6カ条を実践することで、自分の仕事や生き方に有意味感を見出し、働く意欲を取り戻すことができるでしょう。
「普通」を疑う勇気
「普通」を疑う勇気は、「働かないニッポン」の問題を解決するための重要な要素です。日本社会には「普通」を志向する傾向が強く見られますが、この「普通」という概念自体が、個性や創造性を抑制し、働く意欲を奪っている可能性があります。
河合さんは、「普通」という概念を疑い、自分自身の価値観や生き方を見つめ直すことの重要性を強調します。「普通」に縛られず、自分自身の価値観や生き方を大切にすることで、働く意欲を取り戻すことができるでしょう。
「半径3メートル世界」からの変革
「半径3メートル世界」からの変革は、大きな社会変革を目指すのではなく、自分の周りの小さな世界から変えていくという考え方です。河合さんは、自分の周りの環境を少しずつ変えていくことで、大きな変革につながる可能性があると指摘します。
この考え方は、「働かないニッポン」の問題を解決するための現実的なアプローチです。社会全体を一度に変えることは難しいですが、自分の周りの小さな世界から変えていくことは、誰にでもできます。この小さな変化の積み重ねが、やがて大きな変革につながるのです。
感想・レビュー
働くことの本質を問い直す視点
河合さんの「働かないニッポン」は、働くことの本質を問い直す視点を提供してくれる一冊です。本来、「仕事=work」は「私」という存在の表現であり、生きる力の源です。私たちは仕事を通じて自己実現し、自己肯定感を得ることができます。しかし、日本社会は、この本来の意味をなくしています。
河合さんは、この問題に真正面から向き合い、働くことの本質を取り戻すための具体的な方法を提案しています。この視点は、働く意欲を失った人々にとって、新たな希望を見出すきっかけとなるでしょう。
日本社会の構造的問題への鋭い指摘
本書の最大の魅力は、日本社会の構造的問題への鋭い指摘です。河合さんは、「ジジイの壁」や「日本的マゾヒズム」といった概念を通じて、日本社会に根付く階層主義や権力の私物化、理不尽を受け入れる心理構造などを明らかにしています。
これらの指摘は、日本社会の問題を理解し、解決するための重要な視点を提供してくれます。特に、「ジジイの壁」という概念は、日本社会に特有の問題を鋭く捉えており、多くの読者の共感を呼ぶでしょう。
個人ができる小さな変革の可能性
河合さんは、「働かないニッポン」の問題を解決するための方法として、個人ができる小さな変革の可能性を示しています。特に、「半径3メートル世界」からの変革という考え方は、多くの読者にとって実践しやすいアプローチです。
また、SOC(首尾一貫感覚)という概念を通じて、生きる力=幸せになる力を高める方法を提案している点も魅力的です。これらの提案は、働く意欲を失った人々にとって、新たな希望を見出すきっかけとなるでしょう。
まとめ
河合薫さんの「働かないニッポン」は、日本人の働く意欲が世界最下位という衝撃的な事実から、その背景にある構造的問題を鋭く分析した一冊です。「ジジイの壁」や「日本的マゾヒズム」といった概念を通じて、日本社会に根付く階層主義や権力の私物化、理不尽を受け入れる心理構造などを明らかにしています。
また、SOC(首尾一貫感覚)という概念を通じて、生きる力=幸せになる力を高める方法を提案している点も魅力的です。「普通」を疑う勇気や「半径3メートル世界」からの変革という考え方は、多くの読者にとって実践しやすいアプローチです。
本書を通じて、働くことの本質を取り戻し、自分自身の価値観や生き方を大切にすることの重要性を再認識できるでしょう。「働かないニッポン」の問題は、個人の努力だけでは解決できない構造的な問題ですが、一人ひとりが自分の周りの小さな世界から変えていくことで、大きな変革につながる可能性があります。



