教育経済学者の中室牧子さんの「科学的根拠(エビデンス)で子育て」は、子育てや教育に関する様々な疑問に科学的根拠をもとに答えを導き出す一冊です。
ベストセラー「学力の経済学」から9年ぶりの単著となる本書では、単なる学校での成功だけでなく、人生の本番で真に役立つ教育とは何かを問いかけています。
- スポーツや非認知能力の重要性
- 親の時間投資の質
- 学力向上のコツ
など、子育てに関わるすべての人に役立つ知見が詰まった一冊です。

「科学的根拠(エビデンス)で子育て」の概要と著者紹介
この本が生まれた背景には、情報があふれる現代社会において、
にあります。
SNSやインターネット上には、様々な教育法や子育て法が溢れていますが、それらの多くは個人の経験や主観に基づくものであり、科学的な検証を経ていないものも少なくありません。
また、日本の教育政策においても、科学的根拠に基づかない施策が次々と導入されている現状があります。
例えば、「一人1台端末」政策や保育料の引き下げなど、一見良さそうに見える政策も、実際には子どもたちの学力低下などの悪影響を及ぼしている可能性が指摘されています。
このような状況の中で、中室さんは「信頼性の高いエビデンスだけを厳選し、学校を卒業したあとにやってくる、人生の本番で役に立つ教育とは何か」を問うために本書を執筆しました。
中室牧子さんのプロフィールと研究背景
中室牧子さんは、慶應義塾大学の教授として教育経済学の研究に取り組んでいる方です。彼女の研究アプローチの特徴は、教育や子育てという、これまで経験則や直感に頼りがちだった分野に、科学的な視点を持ち込んだことにあります。2015年に出版された『「学力」の経済学』は37万部を超えるベストセラーとなり、教育界に「科学的根拠(エビデンス)」という言葉を広めるきっかけとなりました。
中室さんは、単なる学術研究者にとどまらず、その研究成果を一般の人々、特に子育て中の親や教育者に向けてわかりやすく伝える才能を持っています。彼女の研究は、教育や子育てに関する様々な「常識」や「信念」を、データに基づいて検証するというものです。そして、その結果が時に私たちの直感に反するものであっても、正直に伝えるという姿勢を貫いています。
エビデンスベースの子育てとは何か
エビデンスベースの子育てとは、単なる経験則や伝統的な慣習ではなく、科学的な研究結果に基づいて子育てや教育の方法を選択することを意味します。本書では、世界トップジャーナルに掲載された論文の中から、信頼性の高いエビデンスだけを厳選して紹介しています。
エビデンスベースのアプローチの利点は、「これが絶対に正しい」と断言するのではなく、「この方法を試したところ、このような結果が得られた」という事実を示すことで、親や教育者が自分自身の判断で最適な選択ができるようになることです。
例えば、本書では「子どもの年齢が小さいときほど時間投資の効果が大きい」ことや、「子どもと過ごす時間の質を高める方法」など、具体的なエビデンスに基づいたアドバイスが提供されています。これらの知見は、忙しい現代の親たちにとって、限られた時間をどのように効果的に使うべきかという重要な示唆を与えてくれます。
本書の主要テーマと構成
本書の根幹を成すのは、科学的根拠に基づく子育ての重要性です。中室さんは、子育てや教育に関する様々な「常識」や「信念」を、データに基づいて検証することの大切さを説いています。
例えば、「幼児期の早期教育は良い」という一般的な考えに対して、本書では「幼児の早期教育はいいとは断言できない」と指摘しています。なぜなら、幼稚園などで集団指導すると、幼い子どもは動き回ったり、かんしゃくを起こしたりするもので、この当然の反応が指導者の焦りや厳しさを誘発し、子どもの情緒にマイナスとなる可能性があるからです。
また、教育費の無償化についても、一見心優しい政策に見えますが、需要の急増に供給が伴わないと、教育の質の低下を招く恐れがあることが指摘されています。このように、科学的根拠に基づくアプローチは、私たちの直感や常識に反する場合もありますが、それこそが重要な気づきをもたらしてくれるのです。
従来の「常識」を覆す子育ての新視点
本書では、従来の子育ての「常識」を覆す新しい視点が数多く提示されています。例えば、「子育てには時間をかけるべき」という考えに対して、本書では「時間の量よりも質が重要」であることが強調されています。
デンマークでの実験では、親に「子どもの能力は生まれつきのものではなく、努力によって変えることができる」という成長マインドセットを持つよう促すパンフレットを配布したところ、子どもの国語の学力テストの偏差値が向上したという結果が得られています。これは、親が子どもと過ごす時間の「長さ」だけでなく、「質」を高めることの重要性を示しています。
また、「学力の高い友人と一緒に勉強すると良い」という常識に対しても、実際には「学力の高い友人と同じグループになると学力が下がる」という研究結果が紹介されています。これは、学力の高い友人との比較によって自信を失ったり、モチベーションが下がったりする可能性があるためと考えられます。
データから見えてくる子どもの発達の真実
本書では、データ分析から見えてくる子どもの発達の真実についても詳しく解説されています。例えば、「4月生まれの人は翌年3月生まれの人と比べて30~34歳時点の収入が4%高い」という研究結果は、学年内での相対的な年齢が将来の収入にまで影響を及ぼす可能性を示唆しています。
また、「小学校の頃の学内順位は将来の収入にまで影響する」という研究結果も紹介されており、早い段階での学力形成の重要性が強調されています。ただし、これは「学力が全て」ということではなく、むしろ本書では「非認知能力」の重要性が繰り返し指摘されています。
非認知能力とは、IQやテストの点数では測れない、社会的・情動的なスキルのことで、忍耐力、意欲、協調性、自己コントロールなどが含まれます。本書では、こうした非認知能力が、学力や将来のキャリアにどのように影響を与えるかについて、多くの実例を交えて解説されています。
第1章:子育ての「思い込み」を科学する
親の過干渉が子どもに与える影響
子育てにおいて、親はつい「子どものためを思って」様々なことに口を出したり、手を出したりしがちです。しかし、本書では親の過干渉が子どもに与える影響について、科学的な視点から検証しています。
過干渉な親の下で育った子どもは、自己決定力や問題解決能力が育ちにくく、将来的に自立が難しくなる可能性があることが指摘されています。また、親の過干渉は子どものストレスレベルを高め、メンタルヘルスにも悪影響を及ぼす恐れがあります。
一方で、適切な関わり方としては、子どもの自主性を尊重しつつ、必要なときにはサポートを提供するという「足場かけ(スキャフォールディング)」の考え方が紹介されています。これは、子どもが自分で考え、行動する機会を与えながらも、完全に放任するのではなく、必要に応じて支援を提供するというバランスの取れたアプローチです。
早期教育の効果と限界
早期教育については、その効果と限界についても詳しく検証されています。一般的に、「早くから教育を始めれば始めるほど良い」と考えられがちですが、実際のところはそう単純ではありません。
本書では、幼児期の早期教育が必ずしも長期的な学力向上につながるわけではないことが指摘されています。特に、発達段階に合わない形での早期教育は、かえって子どもの学習意欲を損なう恐れがあります。
一方で、遊びを通じた学びや、子どもの興味・関心に基づいた活動は、認知能力だけでなく非認知能力の発達にも寄与することが示されています。つまり、「何を教えるか」よりも「どのように教えるか」が重要であり、子どもの発達段階に合わせた適切なアプローチが求められるのです。
「しつけ」に関する科学的検証
「しつけ」についても、本書では科学的な検証が行われています。特に、体罰や厳しい叱責といった伝統的なしつけ方法の効果と弊害について詳しく解説されています。
研究結果によれば、体罰や厳しい叱責は短期的には子どもの行動を抑制する効果があるものの、長期的には攻撃性の増加や自己肯定感の低下、親子関係の悪化などの弊害をもたらす可能性があることが指摘されています。
より効果的なしつけ方法としては、ポジティブ・ディシプリン(肯定的なしつけ)の考え方が紹介されています。これは、子どもの行動の背景にある感情や動機を理解し、明確な期待と一貫した対応を心がけるというアプローチです。また、子どもの良い行動を積極的に認め、褒めることの重要性も強調されています。
第2章:子どもの能力を伸ばす環境づくり
非認知能力の重要性とその育み方
本書の中で特に強調されているのが、「非認知能力」の重要性です。非認知能力とは、IQやテストの点数では測れない、社会的・情動的なスキルのことで、忍耐力、意欲、協調性、自己コントロールなどが含まれます。
研究によれば、これらの非認知能力は、学力や将来の収入、健康状態、犯罪率など、人生の様々な側面に影響を及ぼすことが明らかになっています。特に、幼少期から育成可能であり、教育の方向性を考える上で重要な視点となっています。