YouTubeチャンネル「しおりのなんとなく日常」で知られる詩織さんが初のエッセイ集を発表しました。
「それなら、それで」は、日常の小さな幸せから海外旅行の冒険まで、著者の等身大の視点で綴られた作品です。”どんなに苦しくても、地球から人は愛されている”というメッセージを軸に、頑張りすぎない生き方、適度に適当に自分の世界を幸せにしていく姿勢が描かれています。
コンビニからインドまで「ひとり時間」を楽しみ尽くす詩織さんの視点は、読者の心に寄り添い、新たな生き方のヒントを与えてくれるでしょう。
「それなら、それで」の概要
著者・詩織さんについて
詩織さんは、YouTubeチャンネル「しおりのなんとなく日常」を運営するクリエイターです。日常の何気ない瞬間を切り取り、視聴者と共有することで多くの支持を集めています。彼女の魅力は、飾らない等身大の姿勢と、小さな幸せを見つける鋭い感性にあります。
詩織さんの動画には、食べることや旅をすることへの純粋な喜びが溢れています。そのリアルな表現と共感を呼ぶ視点が、多くの視聴者の心を掴んでいるのでしょう。彼女は決して特別なことをしているわけではありません。むしろ、誰もが経験する日常の中に光を見出し、それを丁寧に言葉にする才能を持っているのです。
本作の位置づけと特徴
「それなら、それで」は詩織さんにとって初めてのエッセイ集です。2025年3月12日にKADOKAWAから発売されたこの本は、全224ページにわたって彼女の思いが綴られています。タイトルの「それなら、それで」には、物事を必要以上に深刻に考えず、あるがままを受け入れる姿勢が表れています。
本書は単なる自伝ではありません。食や旅への向き合い方、日々の生活の中で見つけた小さな発見など、詩織さんの視点を通して描かれる世界は、読者に新たな気づきをもたらします。特に「ひとり時間」の過ごし方については、コンビニでの買い物からインドへの一人旅まで、幅広い経験が語られています。
全5章で構成されたこのエッセイ集は、自己紹介から始まり、過去の苦しみ、食への情熱、旅での出会い、そして「ポップに生きる」という彼女の生き方哲学へと展開していきます。どの章も詩織さんの等身大の言葉で綴られ、読者は彼女と一緒に旅をしているような感覚を味わうことができるでしょう。
「それなら、それで」のテーマ
“どんなに苦しくても、地球から人は愛されている”の意味
本書を貫くメッセージは、”どんなに苦しくても、地球から人は愛されている”という言葉です。これは単なる慰めの言葉ではなく、詩織さんが自身の経験から導き出した深い洞察です。
私たちは日々、様々な困難や挫折に直面します。時には世界が自分に背を向けているように感じることもあるでしょう。しかし詩織さんは、そんな時こそ立ち止まって周りを見渡してみることの大切さを教えてくれます。朝日の温かさ、風のそよぎ、雨の音、美味しい食べ物の香り—これらはすべて、地球が私たちに送る小さな愛のメッセージなのかもしれません。
詩織さんはこのメッセージを、特に苦しい時期を乗り越えた経験から導き出しています。第2章「悪魔に乗っ取られたカラダ」では、彼女自身の苦悩が赤裸々に語られていますが、そこから見出した希望の光が、この本全体を温かく照らしているのです。
「ひとり時間」の価値
現代社会では、常に誰かとつながっていることが求められがちです。SNSの通知は絶え間なく鳴り、一人でいることが「寂しい」状態と同一視されることもあります。しかし詩織さんは、「ひとり時間」こそが自分自身と向き合い、本当の自分を見つける貴重な機会だと説きます。
コンビニでのちょっとした買い物から、インドへの一人旅まで—詩織さんの「ひとり時間」の過ごし方は実に多様です。彼女にとって一人でいることは、決して寂しいことではなく、むしろ自分の感覚を研ぎ澄まし、世界との新たな出会いを生み出す源泉となっています。
特に旅における「ひとり時間」は、本書の中でも重要な位置を占めています。言葉も文化も異なる場所で一人で過ごすことで、詩織さんは自分の中の新たな可能性を発見し、それが彼女の世界をさらに豊かにしていったのです。
各章の内容紹介
第1章「こんにちは、詩織です。」の世界
本書の第1章は、「こんにちは、詩織です。—好きなものを自己紹介にかえて」というタイトルで始まります。ここでは、詩織さんが自分自身について語るのではなく、自分の「好きなもの」を通して自己紹介をしています。
一般的な自己紹介では、名前、年齢、職業などの情報が並びますが、詩織さんはそうした表面的な情報よりも、自分が心から愛するものを語ることで、より本質的な自分を表現しようとしています。好きな食べ物、好きな場所、好きな時間の過ごし方—これらは単なる趣味嗜好ではなく、彼女のアイデンティティを形作る重要な要素なのです。
例えば、彼女が語る朝の静けさへの愛着や、古い喫茶店でコーヒーを飲む時間の大切さは、忙しい現代社会の中で見失われがちな「小さな幸せ」への感度の高さを示しています。また、YouTubeを始めたきっかけや、カメラを通して世界を見る楽しさについても触れられており、クリエイターとしての彼女の原点を知ることができます。
この章を読むと、詩織さんという人物が単に「YouTuber」という肩書きではなく、繊細な感性を持ち、日常の中に美を見出す一人の人間として浮かび上がってきます。
第2章「悪魔に乗っ取られたカラダ」が描く葛藤
第2章「悪魔に乗っ取られたカラダ—あのころの私のこと」では、詩織さんの過去の苦悩が赤裸々に語られています。タイトルからも想像できるように、この章では彼女が経験した心身の不調や、自分自身との闘いについて描かれています。
詩織さんは、自分の体が自分の思い通りにならない経験や、心が暗い考えに支配されていた時期について、率直に語っています。彼女はこの状態を「悪魔に乗っ取られた」と表現していますが、それは決して大げさな表現ではなく、当時の彼女にとっては文字通りそのように感じられていたのでしょう。
この章の価値は、単に苦しみを告白することにあるのではなく、そこからどのように抜け出したのか、その過程が丁寧に描かれている点にあります。詩織さんは、専門家の助けを借りること、自分を責めすぎないこと、小さな変化を大切にすることなど、彼女なりの回復の道筋を示しています。
特に印象的なのは、彼女が苦しみの中にあっても、世界の美しさや人々の温かさに気づく瞬間があったという記述です。それは冒頭で述べた”どんなに苦しくても、地球から人は愛されている”というメッセージの原点となる経験だったのかもしれません。
この章は、同じような苦しみを経験している読者にとって、大きな励みとなるでしょう。詩織さんの言葉は、「あなたは一人じゃない」という静かな共感を伝えています。
食と旅を通じた自己発見
第3章「食べたいものが多すぎる—勇敢な胃袋を相棒に」と第4章「言語も肌の色も違くたって—旅で出会った気持ち」では、詩織さんにとって重要な二つのテーマ、「食」と「旅」について深く掘り下げられています。
第3章では、詩織さんの食への情熱が生き生きと描かれています。彼女にとって食べることは単なる栄養摂取ではなく、人生の喜びそのものです。地元の小さな定食屋から海外の屋台まで、彼女の「食べたいもの」リストは尽きることがありません。特に印象的なのは、彼女が食べ物を通して人とのつながりや文化の違いを感じ取る感性の豊かさです。
「勇敢な胃袋を相棒に」というサブタイトルには、未知の料理に挑戦する彼女の冒険心が表れています。時には失敗することもありますが、その経験さえも彼女の人生を豊かにする一部となっているのです。
第4章では、詩織さんの旅の経験、特にインドでの体験が中心に語られています。言語も文化も全く異なる環境の中で、彼女は最初こそ戸惑いますが、次第にその違いを楽しむようになっていきます。
特に印象的なのは、言葉が通じなくても、笑顔や仕草、食べ物を分かち合うことで生まれる人とのつながりについての記述です。詩織さんは旅を通じて、表面的な違いを超えた人間同士の普遍的なつながりを発見しています。
この二つの章を通じて、詩織さんの「好奇心」と「開かれた心」が彼女の人生をいかに豊かにしているかが伝わってきます。食べることも旅することも、彼女にとっては自己発見の旅なのです。
「それなら、それで」の魅力
等身大の言葉が持つ力
「それなら、それで」の最大の魅力は、詩織さんの等身大の言葉が持つ力にあります。彼女は決して難しい言葉や哲学的な表現を使うわけではありません。むしろ、日常会話で使うような言葉で、自分の経験や感情を率直に表現しています。
その言葉は時に拙いかもしれませんが、だからこそ読者の心に直接響くのです。「わかる!」「私もそう思っていた!」と思わず頷きたくなるような共感の瞬間が、本書には随所に散りばめられています。
特に印象的なのは、詩織さんが自分の弱さや失敗についても隠さず語っている点です。SNSやYouTubeでは、ともすれば「いいところ」だけを見せがちですが、本書では彼女の葛藤や迷い、時には後悔の気持ちまでもが赤裸々に描かれています。
そうした正直な言葉は、読者に「完璧でなくていいんだ」という安心感を与えます。詩織さんの等身大の言葉は、私たちに自分自身を受け入れる勇気を与えてくれるのです。
日常と非日常の境界線
本書のもう一つの魅力は、「日常」と「非日常」の境界線を曖昧にする詩織さんの視点にあります。彼女にとって、コンビニでのちょっとした買い物も、インドへの一人旅も、同じように価値ある経験として描かれています。
多くの人は「特別な体験」を求めて遠くへ旅立ちますが、詩織さんは身近な日常の中にも「特別」を見出す目を持っています。朝の散歩で出会う猫、季節の移り変わりを感じる瞬間、知らない街の小さなカフェで飲むコーヒー—これらは一見すると「普通」の出来事ですが、彼女の感性を通すと、かけがえのない宝物に変わるのです。
一方で、多くの人にとって「非日常」であるはずの海外旅行も、詩織さんの筆致では不思議と身近に感じられます。彼女はエキゾチックな体験を誇示するのではなく、そこで感じた戸惑いや不安、そして小さな発見の喜びを等身大に描くことで、読者も一緒に旅をしているような感覚を生み出しています。
この「日常」と「非日常」の境界線を溶かす視点は、私たちの生活を見直すきっかけを与えてくれます。特別な体験を求めて遠くへ行かなくても、日常の中に「特別」を見つける目さえあれば、毎日が豊かになる—そんなメッセージが本書には込められているのです。
「ポップに生きる」という選択
適度に適当に生きることの意味
第5章「それなら、それで—ポップに生きていけたなら」では、詩織さんの生き方哲学が集約されています。彼女が言う「ポップに生きる」とは、物事を必要以上に深刻に考えず、「適度に適当に」生きることを意味します。
しかし、これは決して投げやりな態度ではありません。むしろ、自分にとって本当に大切なことと、そうでないことを見極める賢明さから生まれる姿勢です。詩織さんは、社会の期待や「こうあるべき」という固定観念に縛られるのではなく、自分の感覚を信じて生きることの大切さを説いています。
例えば、「完璧な部屋づくり」にこだわるよりも「居心地の良さ」を優先する、「理想の体型」を追い求めるよりも「健康であること」を大切にする—そんな具体的な例を通して、彼女の「適度に適当」な生き方が描かれています。
特に印象的なのは、「失敗してもいい、やり直せばいい」という彼女の言葉です。完璧主義に陥りがちな現代社会において、この言葉は多くの人の肩の力を抜かせてくれるでしょう。
自分の世界を自ら幸せにする方法
詩織さんが本書で繰り返し強調しているのは、「自分の世界は自分で幸せにできる」という考え方です。彼女によれば、幸せは外から与えられるものではなく、自分自身の視点や態度によって創り出すものなのです。
具体的には、小さな幸せに気づく感覚を磨くこと、自分の好きなことに正直になること、他人と比較しないこと—これらが詩織さんの「幸せの方法論」として挙げられています。
特に彼女が大切にしているのは「今、ここ」の瞬間を味わうことです。過去の後悔や未来の不安に囚われるのではなく、今この瞬間に存在する小さな喜びに目を向けることで、日常が輝き始める、と詩織さんは語ります。
本書のタイトル「それなら、それで」には、彼女のこうした生き方哲学が凝縮されています。何かうまくいかないことがあっても、「それなら、それで」と受け入れ、次に進む柔軟さ。完璧を求めるのではなく、「それなりに」を許容する優しさ。そんな姿勢が、詩織さんの世界を豊かにしているのです。
特に印象的なのは、「エゴゴミ拾いのススメ」という章です。詩織さんは自分の気になったゴミを拾うことを「エゴゴミ拾い」と呼び、それを通じて感じる小さな達成感について語っています。これは彼女の「自分の世界は自分で幸せにできる」という考え方を象徴するエピソードと言えるでしょう。
また、「最後尾だった恋愛とやら」という章では、恋愛至上主義に疑問を投げかけ、自分の幸せは必ずしも恋愛だけにあるのではないという視点を提示しています。自分の価値観を大切にし、社会の「こうあるべき」という期待に振り回されない姿勢は、多くの読者の共感を呼ぶでしょう。
詩織さんの「自分の世界を自ら幸せにする方法」は、決して特別なものではありません。むしろ、誰もが実践できる小さな心がけの積み重ねなのです。だからこそ、その言葉には説得力があり、読者の心に響くのでしょう。
感想・レビュー
エッセイとしての読みやすさ
「それなら、それで」は、エッセイとしての読みやすさが際立っています。詩織さんの文章は、まるで友人と会話しているかのような親しみやすさがあります。難解な表現や飾り立てた言葉はなく、素直な言葉で自分の経験や感情が綴られているため、読者は無理なく彼女の世界に入り込むことができます。
各章は比較的短いエピソードで構成されており、忙しい日常の中でも少しずつ読み進められる構成になっています。また、食や旅の話題が豊富に盛り込まれているため、読んでいて飽きることがありません。特に食べ物の描写は生き生きとしており、読んでいるだけで口の中に旨味が広がるような錯覚さえ覚えます。
文体にはリズム感があり、時にユーモアを交えた表現で読者を楽しませてくれます。例えば、インドでの一人旅を「勇気100%、計画10%」と表現するなど、自分自身を客観視する余裕も感じられます。
また、写真や図版が適度に挿入されているため、視覚的にも楽しめる工夫がなされています。特に旅の章では、詩織さんが実際に訪れた場所の写真が添えられており、読者も一緒に旅をしているような臨場感を味わうことができます。
エッセイとしての最大の魅力は、読み終わった後に何か行動したくなる「背中を押してくれる力」にあります。難しい自己啓発書のように高尚な理論を説くのではなく、等身大の経験から導き出された「小さな幸せの見つけ方」は、読者の日常にすぐに取り入れられるものばかりです。
現代を生きる若者への共感メッセージ
「それなら、それで」は、特に現代を生きる若い世代に向けた共感のメッセージとして読むことができます。SNSの普及により、他者の「輝かしい日常」が常に目に入る現代社会では、自分の生き方や選択に自信が持てなくなることも少なくありません。
そんな中で詩織さんは、「比較」ではなく「共感」の視点を大切にすることを提案しています。他者と自分を比べるのではなく、自分の内側にある「好き」という感情に正直に向き合うことの大切さが、本書全体を通して伝わってきます。
特に印象的なのは、詩織さんが自身の「悪魔に乗っ取られたカラダ」の経験を赤裸々に語る章です。メンタルヘルスの問題が若い世代を中心に深刻化している現代において、有名クリエイターがこうした経験を公に語ることには大きな意味があります。「あなたは一人じゃない」というメッセージは、同じような苦しみを抱える読者にとって、大きな励みとなるでしょう。
また、詩織さんの「適度に適当に」という生き方の提案は、完璧主義に陥りがちな現代の若者にとって、新鮮な視点を提供しています。すべてを完璧にこなそうとするのではなく、時には「それなら、それで」と受け入れる柔軟さが、結果的に人生を豊かにするという逆説は、多くの読者の心に響くはずです。
本書が出版された2025年は、パンデミック後の社会変化や価値観の多様化が進む時代です。そんな時代だからこそ、詩織さんの「自分の感覚を大切にする」というメッセージには、強い説得力があります。外部からの評価や社会の期待に振り回されるのではなく、自分自身の内なる声に耳を傾ける勇気を、彼女は読者に与えてくれるのです。
まとめ
「それなら、それで」は、YouTubeクリエイター・詩織さんによる初のエッセイ集です。食や旅、日常の小さな発見を通して、彼女の等身大の生き方が綴られています。本書の最大の魅力は、詩織さんの率直な言葉が持つ共感力と、「適度に適当に」生きることの大切さを伝える温かなメッセージにあります。
“どんなに苦しくても、地球から人は愛されている”という言葉に象徴されるように、詩織さんは読者に「自分を大切にする」ことの意味を教えてくれます。完璧を求めるのではなく、時には「それなら、それで」と受け入れる柔軟さが、結果的に人生を豊かにするという逆説は、現代社会を生きる私たちに新たな視点を与えてくれるでしょう。
コンビニでの買い物からインドへの一人旅まで、詩織さんの「ひとり時間」の過ごし方は多様ですが、そのどれもが彼女にとっては等しく価値ある経験として描かれています。この視点は、私たちに日常の中の「特別」に気づく目を養ってくれるはずです。
「それなら、それで」は、単なるエッセイ集を超えて、現代を生きるためのやさしい指南書となっています。詩織さんの言葉は、読者の心に寄り添い、明日からの生き方に小さな変化をもたらしてくれることでしょう。



